腎尿細管を再生へと導くゲノム領域とその活性化メカニズムを解明

~ 非コードDNA領域の機能を手掛かりとした新たな組織再生法開発にヒント ~

1. 発表者
鈴木 菜花 (山形大学医学部メディカルサイエンス推進研究所 研究支援者, 現広島大学 両生類研究センター)
平野 高大 (山形大学理学部生物学科 学部生, 現基礎生物学研究所 博士過程学生)
荻野 肇 (広島大学両生類研究センター 教授)
越智 陽城 (山形大学医学部メディカルサイエンス推進研究所 准教授)

2. 要点
* 両生類はさまざまな組織を再生できる驚異的な能力をもつ
* 再生過程で遺伝子の発現をオンにするエンハンサーと呼ばれるゲノム領域を発見
* 再生時にそのエンハンサーが活性化するメカニズムを解明
* ヒトも再生を制御する遺伝子とエンハンサーを持っている
* エンハンサーの活性化による再生促進など新たな治療法開発のヒントとなる

3. 発表の概要
山形大学医学部メディカルサイエンス推進研究所の越智陽城准教授らの研究グループは、両生類を用いて、腎尿細管の再生を制御するエンハンサー[用語1]と、その活性化因子を発見し、その働きを解明した。
両生類や魚類は、ヒトと比べて高い組織再生能力を持ち、組織が大きな損傷を受けたり、失ったりしても、元通りの組織を再生することができる。これまでの研究から、組織の再生に作用する遺伝子の多くは、胚発生の過程で組織を作る際に使われる発生制御遺伝子[用語2]と同じであり、それらが再生のために再利用されることが知られていた。研究グループは今回、両生類の腎尿細管の再生メカニズムを研究する過程で、組織再生時に遺伝子の発現をオンにするゲノム領域「エンハンサー」を発見した。さらに研究を進めると、このエンハンサーは、そこにArid3aと呼ばれる転写因子[用語3]を含むタンパク質複合体が結合すると、エピゲノム修飾[用語4]が変化して活性化されること、Arid3aの働きを阻害すると腎尿細管の再生が正常に起こらないことがわかった。
本研究から、腎尿細管を再生へと導くエンハンサーとその活性化メカニズムが明らかとなった。このエンハンサーはヒトのゲノムにも存在することから、Arid3aの働きを人為的に制御する技術を開発できれば、将来はヒトの腎尿細管の再生を促進できるようになるかもしれない。
この研究成果は、オンライン英国科学誌「eLife」に1月8日付で掲載された。

4. 研究内容
両生類や魚類はヒトと比べて、高い組織再生能力を持ち、甚大な損傷を受けても、様々な組織を元通りに再生できる。組織再生の仕組みの解明は、基礎科学的な関心はもとより、医学応用において直接役立つことから、世界中で両生類や魚類を使った再生研究が進められている。 組織を再生するためには、様々な遺伝子が必要とされるが、それらの多くは、ヒトを含めた脊椎動物の胚発生で使われたものが、再利用されている。しかしながら、どのようにして胚発生で使われた遺伝子が再利用されるのか、これまでその仕組はほとんどわかっていなかった。 研究グループは、両生類の腎尿細管の再生をモデルにして、その再生過程で発現が亢進するlhx1遺伝子に着目し、その発現を再生中の腎管でオンにするエンハンサーをトランスジェニック・レポーター解析[用語5]によりスクリーニングし、研究を行った。その結果、腎管の再生時に標的遺伝子 (lhx1)の発現をオンにするエンハンサーの発見に成功した。研究グループは、これらを、再生シグナル応答エンハンサー (Regeneration Signal-Response enhancer: RSRE)と命名した。 さらに、この再生シグナル応答エンハンサーが、組織再生中に活性化されるメカニズムを調べたところ、エンハンサーに結合する転写因子Arid3aが、ヒストンH3タンパク質の9番目のリジンのトリメチル化 (H3K9me3)を脱メチル化する酵素Kdm4aを呼び込み、エンハンサーのエピゲノム状態を変えることが重要であること、Arid3aの働きが阻害されると、腎管の再生が起こらないことを発見した。

 

 

 

 

5. 今後の展開
本研究により、腎尿細管の再生で利用する遺伝子の発現をオンにするエンハンサーを見出し、それを活性化する仕組みの一端を明らかにした。ヒトにおいても同様の仕組みが潜在的には存在すると考えられることから、例えば、損傷を受けた後にエンハンサーの活性を高める手法を開発できれば、再生を促進する新しい治療法の開発につながる可能性がある。

6. 本研究について
本研究は、新学術領域研究「3次元構造を再構築する再生原理の解明」(25124704)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金16K07362, 25124704, 25125716, 16H04828, 17KT0049, 15K07082, 16H04794、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、山形大学先進的研究拠点 (YU-COE)、武田科学振興財団の助成によって行われました。AMEDナショナルバイオリソースプロジェクト・ネッタイツメガエルからは、ネッタイツメガエルのゲノムDNAの提供を受けています。また、本研究は山形大学医学部メディカルサイエンス推進研究所にて実施されました。

7. 用語説明
[用語1] エンハンサー: ゲノムの中には遺伝子の他に、非コードDNA領域と呼ばれる遺伝子以外の領域が存在する。この非コードDNA領域はヒトゲノムの98%を占め、遺伝子の発現をオンにしたり、オフにしたりする領域が存在する。遺伝子の発現をオンにする領域は、エンハンサーと呼ばれる。脊椎動物の間で比べると、遺伝子の総数やその機能は、よく似ていることが知られている。このことから、非コードDNA領域のエンハンサーなどの働きが、生命の鍵を握ると言われている。

[用語2] 発生制御遺伝子: 組織や器官の形成に関わる遺伝子。

[用語3] 転写因子: エンハンサーなどのDNA配列に結合するタンパク質で、遺伝子の発現のオン・オフを決定する因子である。

[用語4] エピゲノム修飾: 後天的にゲノム機能を制御する情報。DNAの塩基配列の変化を伴わず、DNAそのものやDNAが絡みついているヒストンタンパク質の修飾などにより、遺伝子の発現が制御される。

[用語5] トランスジェニック・レポーター解析: ヒトゲノムには2万1千個の遺伝子が存在すると言われている。一方、それら遺伝子を発現させるためのエンハンサーは、100万個程度あると予想されている。体の中でのエンハンサーの働きを知るために、エンハンサーと予想されるゲノム領域を、green fluorescent protein(GFP)などの蛍光タンパク質遺伝子に連結した人工遺伝子 (レポーターと呼ばれる)を作製し、これを遺伝子改変技術でゲノムに導入する方法がある。これを、トランスジェニック・レポーター解析と言う。

8. 論文情報
タイトル: Arid3a Regulates Nephric Tubule Regeneration via Evolutionarily Conserved Regeneration Signal-Response Enhancers
著者: 鈴木菜花、平野高大、荻野肇、越智陽城
掲載誌: eLife